インドネシアは日本の5倍の国土を有しています。しかし、人口は首都近郊に集中しており、人口の過密とそれに伴う弊害が多数起こっています。こうした様々な問題を解決するため、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は首都の移転計画を発表しました。世界的にも珍しい首都移転計画。ジャカルタに山積する問題と、今後の懸念をまとめました。
過密地帯ジャボデタベックとその問題
インドネシアは1万3000以上の島々からなり、東西はアメリカ合衆国本土と同程度の距離を有している巨大国家ですが、その人口のほとんどがジャワ島に集中しています。ジャワ島はインドネシアの中央に鎮座する巨大な島で、首都ジャカルタを始め数多くの都市がこの地で発展を遂げました。近年ではジャカルタを中心とする経済圏が急激な成長を見せており、世界的にも注目されています。このジャカルタ周辺も含む巨大都市圏はジャボデタベックと呼ばれています。ジャボデタベックはジャカルタ(Jakarta)と周辺のボゴール(Bogor)、デポック(Depok)、タンゲラン(Tangerang)、ブカシ(Bekasi)の頭文字をとった呼称で、日本でいうなら「首都圏」と理解すればよいでしょう。この経済圏では3400万人以上の人口が生活をしており、世界の経済圏の人口ランキングでは2位につけています(1位は東京=横浜です)。この狭いエリアに国内人口の12%が集中していることになり、インドネシアの経済成長の中核地域として重要視されています。 一方でこうした人口の過密には、問題点があることも事実です。たとえば、交通インフラの不足による渋滞です。ジャカルタでは、日常的に深刻な交通渋滞が発生しており、数キロメートル移動するのに何時間もかかるといった話は日常茶飯事です。こういった交通渋滞はジャカルタにとどまらず、近郊から続く高速道路にも及びます。高速道路は製品を運搬するトラックで溢れ、製品の運搬に遅れが発生。コスト増加やロスが問題視されています。更に、慢性的な渋滞は政治の場にも影響を与えており、あらゆる政治機能の遅れにつながる事態となっています。現代のスピーディな社会に対して対応できなくなりつつあるのです。 また、ジャボデタベックと地方の経済格差も大きな課題です。先ほどジャボデタベックの人口がインドネシア全体の12%に及ぶことを紹介しましたが、ジャワ島全域で考えると、全体の50%を越えます。そのため、GDPや海外からの直接投資もほとんどがジャワ島に偏っています。この島に半数の人口と経済が集中することで、地方との格差が激しくなりつつあるのです。ジョコ大統領は1期目から経済格差是正に向けた政策を打ち出してきましたが、こうした現象はより顕著になるとみられ、抜本的な改善が求められています。 ジャカルタが抱えるのは経済の問題だけではありません。環境の問題も指摘されています。特に海面上昇と地盤沈下による水没が懸念されているのです。海面上昇は世界規模の地球温暖化によるものです。ジャカルタは北面を海と接している為、海面上昇の影響を受けやすく、沿岸部を中心に対策が急がれています。しかし、ジャカルタにとってより深刻な問題は地盤沈下です。湿地に作られた都市には地盤の緩い場所が存在し、都市の発展に伴って地盤が沈下してしまう現象が見られます。世界ではメキシコシティやサンフランシスコでも同様の問題が深刻化しており有名です。ジャカルタも元々湿地帯で地盤がゆるく、構造物が増加するにつれて、沈下していく傾向にあります。 更に、ジャカルタの場合は地下水の影響も受けています。ジャカルタの地下には大量の地下水があります。人口の増加とインフラ整備によって、この地下水が急激に利用されるようになりました。地下水が利用されると、地下に含まれていた物質が減ることになり、水を失った分土地は沈下していくのです。こういった地盤沈下の影響はすでに出ており、ビルにゆがみが生じたり、豪雨が襲った際には市街の半数が浸水したりと状況は深刻です。
ジョコ大統領の決断
ジャカルタの交通事情や地盤の問題はこれまでも議論されてきましたが、移転の決断は見送られてきました。しかし、2019年5月にジョコ・ウィドド氏がインドネシア大統領に再選すると、首都をジャカルタからカリマンタン東部のバリクパパン近郊へ移転することを発表しました。2期目を迎えた大統領は長年の懸案事項の改善についに着手をしたのです。ジョコ大統領の発表によると、2020年に移転政策のマスタープランを作成し、2020年末から新しい首都のインフラ整備を開始、2024年には政府機関を移転し始め、2045年までに完全移転することが発表されています。今後交通インフラが発展することで、カリマンタンを中心とした新たな交通網が発展し、国内の物流や交流が盛んになることが期待されています。一方で経済の中心はこれまで通りジャカルタに置くことを決めています。すでに多くの企業が進出し経済の中心になっているジャカルタはそのままに、政治機能のみを移転することで、政治の停滞を改善し、長期的にジャカルタの問題を解決する考えだと推測されます。
『首都移転』今後の課題とは?
首都の移転は、世界でも度々見られます。オーストラリアやブラジルなどが首都を移動した例は比較的有名です。日本でも高度成長期に首都移転の議論がされていましたが実現はしませんでした。過去に事例も存在する首都移転ですが、リスクも内在しています。大きな課題は距離と期間です。ジャカルタとバリクパパンの距離が約1200㎞あり、空路を使うことが前提とされています。完全移転までの約20年間、政治機能が1200㎞の物理的分断状態にあることは、効率の低下を産み、行政のみならず、経済の鈍化へつながるのではないかと懸念されています。 また、移転計画の白紙化による国内の混乱の可能性もあります。現在のジョコ氏の計画も、野党からは反対の声が上がっており、国民の総意までには到っていません。そういった状況下で、もし野党が優勢となり、この計画そのものを白紙化するようなことがあれば、国内情勢は大きな混乱に陥ることでしょう。 環境の面からも反対の声は上がっています。カリマンタンはオランウータンなどの希少な野生生物の生息地として知られており、首都開発による汚染や、森林破壊がこうした希少生物へ悪影響を与えるのではないかと懸念されているのです。これに対しジョコ氏は環境への影響が少ないことも考慮して新首都の選定をしているとしていますが、世論を納得に導くことができるのかは定かではありません。首都移転には強い指導力が必要とされており、ジョコ・ウィドド大統領の手腕が政策成功の鍵を握っていると言えます。
まとめ
インドネシアの首都移転は、初代大統領スカルノ氏からの懸案事項でした。ジョコ大統領がこれに踏み切ったことは評価されることだと混じます。課題は多いですが、この政策が成功することで、インドネシアの国土全体を活性化でき、人口ボーナス期を終えた後も、持続的な成長をする基礎となりことでしょう。外資企業にとっても、新しい進出先として注目すべきです。これらの事業に伴った新しい需要やこれまでにないビジネスチャンスが創出される可能性は十分考えられます。インドネシアの今後の動向には注目する必要があるでしょう。
※出典1:茂木正朗(2012)『親日指数世界一の国!インドネシアが選ばれるのには理由がある』日刊工業
※出典2:佐藤百合(2011)『経済大国インドネシア 21世紀の成長条件』中公新書
※出典3:Demographia World Urban Areas & Population Projections
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インドネシアは日本の5倍の国土を有しています。しかし、人口は首都近郊に集中しており、人口の過密とそれに伴う弊害が多数起こっています。こうした様々な問題を解決するため、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は首都の移転計画を発表しました。世界的にも珍しい首都移転計画。ジャカルタに山積する問題と、今後の懸念をまとめました。
過密地帯ジャボデタベックとその問題
インドネシアは1万3000以上の島々からなり、東西はアメリカ合衆国本土と同程度の距離を有している巨大国家ですが、その人口のほとんどがジャワ島に集中しています。ジャワ島はインドネシアの中央に鎮座する巨大な島で、首都ジャカルタを始め数多くの都市がこの地で発展を遂げました。近年ではジャカルタを中心とする経済圏が急激な成長を見せており、世界的にも注目されています。このジャカルタ周辺も含む巨大都市圏はジャボデタベックと呼ばれています。ジャボデタベックはジャカルタ(Jakarta)と周辺のボゴール(Bogor)、デポック(Depok)、タンゲラン(Tangerang)、ブカシ(Bekasi)の頭文字をとった呼称で、日本でいうなら「首都圏」と理解すればよいでしょう。この経済圏では3400万人以上の人口が生活をしており、世界の経済圏の人口ランキングでは2位につけています(1位は東京=横浜です)。この狭いエリアに国内人口の12%が集中していることになり、インドネシアの経済成長の中核地域として重要視されています。 一方でこうした人口の過密には、問題点があることも事実です。たとえば、交通インフラの不足による渋滞です。ジャカルタでは、日常的に深刻な交通渋滞が発生しており、数キロメートル移動するのに何時間もかかるといった話は日常茶飯事です。こういった交通渋滞はジャカルタにとどまらず、近郊から続く高速道路にも及びます。高速道路は製品を運搬するトラックで溢れ、製品の運搬に遅れが発生。コスト増加やロスが問題視されています。更に、慢性的な渋滞は政治の場にも影響を与えており、あらゆる政治機能の遅れにつながる事態となっています。現代のスピーディな社会に対して対応できなくなりつつあるのです。 また、ジャボデタベックと地方の経済格差も大きな課題です。先ほどジャボデタベックの人口がインドネシア全体の12%に及ぶことを紹介しましたが、ジャワ島全域で考えると、全体の50%を越えます。そのため、GDPや海外からの直接投資もほとんどがジャワ島に偏っています。この島に半数の人口と経済が集中することで、地方との格差が激しくなりつつあるのです。ジョコ大統領は1期目から経済格差是正に向けた政策を打ち出してきましたが、こうした現象はより顕著になるとみられ、抜本的な改善が求められています。 ジャカルタが抱えるのは経済の問題だけではありません。環境の問題も指摘されています。特に海面上昇と地盤沈下による水没が懸念されているのです。海面上昇は世界規模の地球温暖化によるものです。ジャカルタは北面を海と接している為、海面上昇の影響を受けやすく、沿岸部を中心に対策が急がれています。しかし、ジャカルタにとってより深刻な問題は地盤沈下です。湿地に作られた都市には地盤の緩い場所が存在し、都市の発展に伴って地盤が沈下してしまう現象が見られます。世界ではメキシコシティやサンフランシスコでも同様の問題が深刻化しており有名です。ジャカルタも元々湿地帯で地盤がゆるく、構造物が増加するにつれて、沈下していく傾向にあります。 更に、ジャカルタの場合は地下水の影響も受けています。ジャカルタの地下には大量の地下水があります。人口の増加とインフラ整備によって、この地下水が急激に利用されるようになりました。地下水が利用されると、地下に含まれていた物質が減ることになり、水を失った分土地は沈下していくのです。こういった地盤沈下の影響はすでに出ており、ビルにゆがみが生じたり、豪雨が襲った際には市街の半数が浸水したりと状況は深刻です。
ジョコ大統領の決断
ジャカルタの交通事情や地盤の問題はこれまでも議論されてきましたが、移転の決断は見送られてきました。しかし、2019年5月にジョコ・ウィドド氏がインドネシア大統領に再選すると、首都をジャカルタからカリマンタン東部のバリクパパン近郊へ移転することを発表しました。2期目を迎えた大統領は長年の懸案事項の改善についに着手をしたのです。ジョコ大統領の発表によると、2020年に移転政策のマスタープランを作成し、2020年末から新しい首都のインフラ整備を開始、2024年には政府機関を移転し始め、2045年までに完全移転することが発表されています。今後交通インフラが発展することで、カリマンタンを中心とした新たな交通網が発展し、国内の物流や交流が盛んになることが期待されています。一方で経済の中心はこれまで通りジャカルタに置くことを決めています。すでに多くの企業が進出し経済の中心になっているジャカルタはそのままに、政治機能のみを移転することで、政治の停滞を改善し、長期的にジャカルタの問題を解決する考えだと推測されます。
『首都移転』今後の課題とは?
首都の移転は、世界でも度々見られます。オーストラリアやブラジルなどが首都を移動した例は比較的有名です。日本でも高度成長期に首都移転の議論がされていましたが実現はしませんでした。過去に事例も存在する首都移転ですが、リスクも内在しています。大きな課題は距離と期間です。ジャカルタとバリクパパンの距離が約1200㎞あり、空路を使うことが前提とされています。完全移転までの約20年間、政治機能が1200㎞の物理的分断状態にあることは、効率の低下を産み、行政のみならず、経済の鈍化へつながるのではないかと懸念されています。 また、移転計画の白紙化による国内の混乱の可能性もあります。現在のジョコ氏の計画も、野党からは反対の声が上がっており、国民の総意までには到っていません。そういった状況下で、もし野党が優勢となり、この計画そのものを白紙化するようなことがあれば、国内情勢は大きな混乱に陥ることでしょう。 環境の面からも反対の声は上がっています。カリマンタンはオランウータンなどの希少な野生生物の生息地として知られており、首都開発による汚染や、森林破壊がこうした希少生物へ悪影響を与えるのではないかと懸念されているのです。これに対しジョコ氏は環境への影響が少ないことも考慮して新首都の選定をしているとしていますが、世論を納得に導くことができるのかは定かではありません。首都移転には強い指導力が必要とされており、ジョコ・ウィドド大統領の手腕が政策成功の鍵を握っていると言えます。
まとめ
インドネシアの首都移転は、初代大統領スカルノ氏からの懸案事項でした。ジョコ大統領がこれに踏み切ったことは評価されることだと混じます。課題は多いですが、この政策が成功することで、インドネシアの国土全体を活性化でき、人口ボーナス期を終えた後も、持続的な成長をする基礎となりことでしょう。外資企業にとっても、新しい進出先として注目すべきです。これらの事業に伴った新しい需要やこれまでにないビジネスチャンスが創出される可能性は十分考えられます。インドネシアの今後の動向には注目する必要があるでしょう。
※出典1:茂木正朗(2012)『親日指数世界一の国!インドネシアが選ばれるのには理由がある』日刊工業
※出典2:佐藤百合(2011)『経済大国インドネシア 21世紀の成長条件』中公新書
※出典3:Demographia World Urban Areas & Population Projections