ASEAN(東南アジア諸国連合)は東南アジアの10か国が参加し、世界最大規模の人口を誇る共同体となっています。一方で、ASEAN内の経済格差などがあるのも事実です。そんな中、後進国として捉えられがちであったカンボジア、ラオス、ミャンマーへ進出する企業が近年増加しています。なぜ、この3か国は注目を浴びるようになったのでしょうか。
ASEAN内先進国とCLM
ASEAN各国は先進国からの直接投資を増やすことで成長型の経済を目指してきました。特に工業の中心として成功したのがタイです。タイは日系企業を中心に、自動車産業などの分野で工場の誘致に成功し、ASEAN地域の工業中心地として重要な役割を担ってきました。実際、タイのGDPの約34%が製造業によって支えられ、輸出額に至っては90%弱を占めています。こうした背景から、ASEAN内でも先進国として考えられてきたタイですが、現在その勢いは落ち着きを見せ始めています。 原因は人件費の高騰にあります。タイに工場を建てる外国企業にとって、自国よりも賃金を抑えることのできるタイへの進出は、コストカットの面で大きなメリットでした。ところが、タイ経済の成熟に伴って人件費は急上昇をしており、運搬費用などを勘案すると大きなメリットと成り得なくなっているのです。こうした状況下、タイはITなど先端技術産業へのシフトを急いでいます。ここで新たな工業地帯として注目を浴びているのが、カンボジア、ラオス、ミャンマーの3か国です。頭文字をとって「CLM」と呼ばれます。タイなどと比べるとGDPも低く後進的な位置づけのCLMですが、安い労働力が見込めることと、若い人口により今後も長きにわたり成長を続けるとの予測が、労働集約型産業の特性と合致し、持続的な発展につながると考えられています。
政治安定による好転
カンボジア、ラオス、ミャンマーの3か国が経済的に出遅れていたのには、国内情勢が安定しなかったことと関係しています。たとえば、カンボジアでは1990年代まで内戦が続き、各地には地雷が埋められ、多くの人が命を落としました。内戦が終わりを迎えると地雷の除去が進み、治安が改善され、現代では工業団地の整備や経済特区の設置など、外国企業誘致の体制が整っています。ミャンマーでは軍による社会主義政治が続き、これに反発したアウンサンスー・チー氏らによるデモ活動が長期化していました。民主化へ以降したのは2007年のことです。2010年には、20年ぶりに選挙が行われ、民政による新体制が発足しました。ヤンゴン周辺には巨大な工業団地の建設が始まり、特別経済区にはすでに多くの日系企業が進出をしています。政情が安定したことで、近年急激に力を伸ばしてきたのです。
交通インフラの整備と運搬コスト低減
CLMの工業化が遅れたのには、別の問題もあります。交通インフラが未整備だったことです。内戦状態にあったカンボジアやミャンマーでは道路整備に力を注げず、工業製品の運搬が困難な状態にありました。ASEAN唯一の内陸国であるラオスでは、山岳地帯であることから交通網の整備が難しく、製品の輸送に余分なコストが必要でした。また、どの国もメコン川の地域内で、川を利用した小規模な船の交通が主流であったことで、そもそも陸路に対する意識が低かったことも交通インフラ整備を遅らせた要因の一つでした。 こうした交通インフラの開発は1990年代後半から急がれ、現在「東西経済回廊」「南北経済回廊」「南部経済回廊」の3つの経済回廊を開通しています。日本は東西経済回廊において、タイとラオスの国境に「第二メコン友好橋」を建設したり、南部経済回廊のネアックルン橋(カンボジア)を建設したりと積極的に協力しました。ネアックルン橋は日本に親しみやすい「つばさ橋」を正式名称として東南アジアの交通を支えています。中国は、自国からタイへ続く陸路の整備を進め、特にラオスのインフラ整備に貢献しました。現在も「一帯一路」構想により、ASEAN全域を含む巨大な経済圏を目指しています。こういった先進国の投資により、製品運搬のコストは低減され、工業化が押し進められていったのです。
「タイプラスワン」というキーワード
CLMの国内政治の安定と交通インフラの整備は先進国の企業から評価を得ました。海外企業は、より安い労働力と効率の良い生産を求めて、CLMに進出し始めたのです。CLMに交通網が整ったことで、タイにある既存のルートを活かした展開ができたことも高評価につながりました。コストが増加傾向にあるタイの拠点を補完をする形で、周辺国であるCLMの国境付近に生産拠点を設け、タイとCLM全体で安定した供給を実現しました。こうした、タイを中心にCLMへ波及するサプライチェーンは「タイプラスワン」と呼ばれ注目されています。自動車業界などでは、タイを主要な生産拠点としつつCMLへ部品加工や組み立て工程を移し、完成品を再びタイに戻すといった分業体制が組まれています。CLM各国もこうした需要を受け、国境付近に大型工業団地を建設するなど、海外企業受け入れの体制を整えています。
CLMの魅力と今後の課題
CLMでは工業以外の分野でも海外企業の獲得に成功しつつあります。カンボジアではプノンペンを中心に中間層が増加傾向にあり、それを狙った商業の進出も目立ち始めています。カンボジアには外資小売業による進出に規制が少なく、近年は大型のショッピングモールが多数進出を果たしています。ラオスは同様に中間層が増加していますが、小売業には規制が多く進出が容易ではありません。一方、サービス業に関してはWTOに加盟するなど寛容な姿勢を見せています。ミャンマーについては、小売業の外資参入は条件付きで認められており、日本の大手小売店も現地企業とフランチャイズ契約を結ぶ形で進出をしました。また、これらの国家間では関税撤廃、あるいは減税が進んでおり、各国個々の市場というよりは、ベトナム、タイを含むメコン川地域全体をひとつの経済圏ととらえる考え方が浸透してきました。地域全体で巨大なマーケットとして期待されます。 一方で進出に向けて注意すべきは、コスト面の十分な検討です。CLMでも運搬コストや原材料の価格上昇、経済成長に伴う人件費高騰などが起こりうる可能性は十分にあります。今は採算が取れていても将来の状況には不確定な要素もあるでしょう。こうした中で、日系企業にとっては、これらCLM地域のネットワーク構築が必要とされています。また、CLM各国においては梱包・輸送などの裾野産業を強化し、海外企業の負担を減少していくことが求められています。
まとめ
カンボジア、ラオス、ミャンマーはASEAN諸国の中でも後進国的な位置づけにあり、タイなど他国との格差があります。しかし、国が安定し、諸問題を解決している現在において、その格差は一つのメリットとして先進国の進出に一役買っています。更に、若い人口が多く、これから更なる発展が見込まれることは、投資先として魅力でもあります。今後は更なる環境の整備と課題の解決が進むと、ASEANの中心的存在として力を高める可能性は十分にあると言えるでしょう。
※外務省HP『タイ王国基礎データ』 ※外務省HP『カンボジア基礎データ』 ※外務省HP『ラオス基礎データ』 ※外務省HP『ミャンマー基礎データ』 ※石川幸一、清水一史、助川成也(2013)『ASEAN経済共同体と日本~巨大統合市場の誕生~』文眞堂
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ASEAN(東南アジア諸国連合)は東南アジアの10か国が参加し、世界最大規模の人口を誇る共同体となっています。一方で、ASEAN内の経済格差などがあるのも事実です。そんな中、後進国として捉えられがちであったカンボジア、ラオス、ミャンマーへ進出する企業が近年増加しています。なぜ、この3か国は注目を浴びるようになったのでしょうか。
ASEAN内先進国とCLM
ASEAN各国は先進国からの直接投資を増やすことで成長型の経済を目指してきました。特に工業の中心として成功したのがタイです。タイは日系企業を中心に、自動車産業などの分野で工場の誘致に成功し、ASEAN地域の工業中心地として重要な役割を担ってきました。実際、タイのGDPの約34%が製造業によって支えられ、輸出額に至っては90%弱を占めています。こうした背景から、ASEAN内でも先進国として考えられてきたタイですが、現在その勢いは落ち着きを見せ始めています。 原因は人件費の高騰にあります。タイに工場を建てる外国企業にとって、自国よりも賃金を抑えることのできるタイへの進出は、コストカットの面で大きなメリットでした。ところが、タイ経済の成熟に伴って人件費は急上昇をしており、運搬費用などを勘案すると大きなメリットと成り得なくなっているのです。こうした状況下、タイはITなど先端技術産業へのシフトを急いでいます。ここで新たな工業地帯として注目を浴びているのが、カンボジア、ラオス、ミャンマーの3か国です。頭文字をとって「CLM」と呼ばれます。タイなどと比べるとGDPも低く後進的な位置づけのCLMですが、安い労働力が見込めることと、若い人口により今後も長きにわたり成長を続けるとの予測が、労働集約型産業の特性と合致し、持続的な発展につながると考えられています。
政治安定による好転
カンボジア、ラオス、ミャンマーの3か国が経済的に出遅れていたのには、国内情勢が安定しなかったことと関係しています。たとえば、カンボジアでは1990年代まで内戦が続き、各地には地雷が埋められ、多くの人が命を落としました。内戦が終わりを迎えると地雷の除去が進み、治安が改善され、現代では工業団地の整備や経済特区の設置など、外国企業誘致の体制が整っています。ミャンマーでは軍による社会主義政治が続き、これに反発したアウンサンスー・チー氏らによるデモ活動が長期化していました。民主化へ以降したのは2007年のことです。2010年には、20年ぶりに選挙が行われ、民政による新体制が発足しました。ヤンゴン周辺には巨大な工業団地の建設が始まり、特別経済区にはすでに多くの日系企業が進出をしています。政情が安定したことで、近年急激に力を伸ばしてきたのです。
交通インフラの整備と運搬コスト低減
CLMの工業化が遅れたのには、別の問題もあります。交通インフラが未整備だったことです。内戦状態にあったカンボジアやミャンマーでは道路整備に力を注げず、工業製品の運搬が困難な状態にありました。ASEAN唯一の内陸国であるラオスでは、山岳地帯であることから交通網の整備が難しく、製品の輸送に余分なコストが必要でした。また、どの国もメコン川の地域内で、川を利用した小規模な船の交通が主流であったことで、そもそも陸路に対する意識が低かったことも交通インフラ整備を遅らせた要因の一つでした。 こうした交通インフラの開発は1990年代後半から急がれ、現在「東西経済回廊」「南北経済回廊」「南部経済回廊」の3つの経済回廊を開通しています。日本は東西経済回廊において、タイとラオスの国境に「第二メコン友好橋」を建設したり、南部経済回廊のネアックルン橋(カンボジア)を建設したりと積極的に協力しました。ネアックルン橋は日本に親しみやすい「つばさ橋」を正式名称として東南アジアの交通を支えています。中国は、自国からタイへ続く陸路の整備を進め、特にラオスのインフラ整備に貢献しました。現在も「一帯一路」構想により、ASEAN全域を含む巨大な経済圏を目指しています。こういった先進国の投資により、製品運搬のコストは低減され、工業化が押し進められていったのです。
「タイプラスワン」というキーワード
CLMの国内政治の安定と交通インフラの整備は先進国の企業から評価を得ました。海外企業は、より安い労働力と効率の良い生産を求めて、CLMに進出し始めたのです。CLMに交通網が整ったことで、タイにある既存のルートを活かした展開ができたことも高評価につながりました。コストが増加傾向にあるタイの拠点を補完をする形で、周辺国であるCLMの国境付近に生産拠点を設け、タイとCLM全体で安定した供給を実現しました。こうした、タイを中心にCLMへ波及するサプライチェーンは「タイプラスワン」と呼ばれ注目されています。自動車業界などでは、タイを主要な生産拠点としつつCMLへ部品加工や組み立て工程を移し、完成品を再びタイに戻すといった分業体制が組まれています。CLM各国もこうした需要を受け、国境付近に大型工業団地を建設するなど、海外企業受け入れの体制を整えています。
CLMの魅力と今後の課題
CLMでは工業以外の分野でも海外企業の獲得に成功しつつあります。カンボジアではプノンペンを中心に中間層が増加傾向にあり、それを狙った商業の進出も目立ち始めています。カンボジアには外資小売業による進出に規制が少なく、近年は大型のショッピングモールが多数進出を果たしています。ラオスは同様に中間層が増加していますが、小売業には規制が多く進出が容易ではありません。一方、サービス業に関してはWTOに加盟するなど寛容な姿勢を見せています。ミャンマーについては、小売業の外資参入は条件付きで認められており、日本の大手小売店も現地企業とフランチャイズ契約を結ぶ形で進出をしました。また、これらの国家間では関税撤廃、あるいは減税が進んでおり、各国個々の市場というよりは、ベトナム、タイを含むメコン川地域全体をひとつの経済圏ととらえる考え方が浸透してきました。地域全体で巨大なマーケットとして期待されます。 一方で進出に向けて注意すべきは、コスト面の十分な検討です。CLMでも運搬コストや原材料の価格上昇、経済成長に伴う人件費高騰などが起こりうる可能性は十分にあります。今は採算が取れていても将来の状況には不確定な要素もあるでしょう。こうした中で、日系企業にとっては、これらCLM地域のネットワーク構築が必要とされています。また、CLM各国においては梱包・輸送などの裾野産業を強化し、海外企業の負担を減少していくことが求められています。
まとめ
カンボジア、ラオス、ミャンマーはASEAN諸国の中でも後進国的な位置づけにあり、タイなど他国との格差があります。しかし、国が安定し、諸問題を解決している現在において、その格差は一つのメリットとして先進国の進出に一役買っています。更に、若い人口が多く、これから更なる発展が見込まれることは、投資先として魅力でもあります。今後は更なる環境の整備と課題の解決が進むと、ASEANの中心的存在として力を高める可能性は十分にあると言えるでしょう。
※外務省HP『タイ王国基礎データ』 ※外務省HP『カンボジア基礎データ』 ※外務省HP『ラオス基礎データ』 ※外務省HP『ミャンマー基礎データ』 ※石川幸一、清水一史、助川成也(2013)『ASEAN経済共同体と日本~巨大統合市場の誕生~』文眞堂